第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「だったらHPゼロとか変な言い方しねぇでちゃんと言えよ。それにいつ俺がお前のこと、嫌いとか言った?んな覚えはねぇぞ?」
「……え?」
「……あ」
“泣いてて”って言葉に反応するようについ感情的になってしまった。言われてみたら目は赤かったような気もするしただ疲れてんのかなって勝手に思って何一つ気づいてやれなかった自分が情けなる。
「じゃあ…、………好きなん?」
「好きとか……、そういのは分かんねぇけど…。……っ、あんなとこで一人で泣くくらいだったら俺に言え」
昨日から抱えていたもやもやした感情の原因とその答えだった。好きとかそういう感情はまだ不確定なものでも、こんだけそばにいるんだから少しくらいは頼って欲しかった、それだけだった。
「少しは俺を頼れ」
「………ええの?」
「俺がそうしろって言ってんだよ」
「何それ、一君ってジャイ〇ンみたい…」
「悪いかよ」
「んーん、嬉しい」
暗がりでよく見えなかったけど鼻を啜り震える声に胸が締め付けられた。こんだけ一緒にいて気になってても側にいていいのか分からなくて、その理由を必死で探していたのは俺の方かもしれない。
「分かったんなら帰るぞ。折角走ったのに及川に追いつかれる」
「あ、そうやった。今は絶対邪魔されたくない」
「母ちゃんには言っとくから帰りうちに寄ってちゃんとした飯食って帰れよ」
「でももうお腹いっぱい…」
「別腹発揮しろ」
「それはお菓子限定で」
「偏食ばっかしてるから倒れんだよバーカ」
「あ、その言い方、酷い!」
「だったら俺の二倍食え」
「そんなの無理に決まってるじゃないですか?…もう!」
俺の方がこいつと離れたくないなんて思う日が来るなんて思わなかった。
星賀とのことがあって以来、誰かを好きだって思う気持ちを認めたくないんだろうな。臆病なままの俺は及川よりも情けない奴に成り下がってる。
このままでいいわけねぇんだ。いい加減、俺が覚悟しないと…。