第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「……無理ですね」
「そっか」
「ごめんなさい」
「なんか岩と仲良さそうだったからいけるかなって思ったんだけど」
「岩泉君と仲良さそうだと何か関係あるんですか?」
「いやね、あいつ口悪いだろ?練習になるともっと酷くて、女の子ビビっちゃうのよ。だからそれなりに耐性ある子がいいなって思ってて」
「…そうですか」
「俺は気が引けるけど、やっぱ今回もあの子に頼るしかないのかな」
「誰か適役いるんですか?」
「いないことはない。でもこれ内緒にしといて欲しいんだけど、岩の元カノ。あの子ならなんとかしてくれるかなって。いやでも岩が嫌がるよな」
「今、なんて?」
「へ?」
「岩泉君の元カノですか?」
「そう。去年の合宿も手伝ってくれたんだよ。それがきっかけで二人は付き合うようになったんだけど結局半年くらいで別れて…。岩の方は結構本気で好きだったみたいだけど振られたんだよなぁ。今も引き摺ってなきゃいいんだけど」
柳瀬ちゃんの表情は曇り、大きなため息をつく。気のせいか空気もピリついているような気がする。
「それで?」
「それで?ってそれだけなんだけど」
「……そんなん許さへんし」
「へ?」
「とりあえず話してくれておおきにです」
「なんで関西弁?」
「関西出身やねん、私。転校生ってことは知ってるやろ?」
「それは知ってるけど…」
化けの皮が剥がれる瞬間ってこういうことなんだろうな。可愛らしい雰囲気を纏っていたのに目を見開いて俺をきっと睨むように鋭い視線を向けた。
「私の欲しかった情報を教えてくれたから言うけど私、一君のことが好きなん。やから私に協力してくれへん?シュークリーム好きな花巻貴大君」
「あ、えっと、なんでそんなことまで」
「そこら辺の女子が話してんの偶然聞いてん。それだけ」
「そうなんだ…。なるほど」
「もういっぺん言うけど悪いようにはせぇへんから私に協力してくれへんかな。私、お菓子作りだけはめちゃくちゃ得意なん。あんたも食べたいやろ?粉もんを制す関西人が本気出して作ったシュークリーム」