第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「こういう時は無理せず病院連れてきて正解だからね。若いっていっても熱中症も侮れないんだから。それは知ってるでしょ?」
「そうっすね。この時期が案外危ないのは知ってます」
「一君が見つけてくれてよかった。……で?」
「で?って何ですか」
「あの子は一君の彼女?」
「いや、そんなんじゃないっす」
「たまに徹君も来るけどいつも彼女の自慢してたよ?一君だってお年頃でしょ?」
「あいつと一緒にしないでください」
「一君、結構必死そうな顔してたって看護師が言ってたからそう思っちゃった」
「そりゃ具合悪そうな奴がいたらそうなります」
「優しいよね、そういうところ」
“あはは”と軽快に笑いながら先生はパソコンを入力していく。
「それと迷惑かけちゃった…、って辛そうに言ってたからちゃんとフォローしなさいよって一応アドバイスしとくね」
「だからそんなんじゃないって」
「いいなぁ、若いって…。傍にいてあげてね」
「だから…」
もう否定すんのも面倒くせぇ。確かに近所だし昔からよく知ってるにしてもお節介が過ぎねぇか?先生と話してたら点滴も半分くらいになってて椅子に腰かけて声をかける。
「おい、点滴終わったら帰んぞ」
俺の声に目を開けて視線を移す。そんなすぐ回復するわけじゃねぇって分かってるけどいつもの元気はない。
「一さんは先に帰っててくださいね」
「別にいいよ。それあと半分くらいだろ?だったらもう終わるだろ」
「でも疲れてるんじゃないですか?」
「俺だってそんな鬼じゃねぇよ。こんな弱ってて放っておけねぇだろ。こういう時くらい、ちゃんと他人に甘えろ」
一瞬泣きそうな顔をして俺を見てすぐに顔を伏せた。針の刺さっている腕は細くて頼りなくていつか見た泣き顔と重なって見える。なんで誰も頼らねぇんだよって思うし、この場から離れられない自分がいる。
「待合室で待ってるから」
それでも俺にはまだ傍にいる理由はない。