第72章 結婚するまで帰れません(１)　岩泉一

いつもと同じ朝を迎えたはずだったのに、本来ならもうとっくに部活に出てアップを終えた頃なのに、もう何が何だか分かんねぇ。婚約者のことは約束した覚えもねぇし撤回してもらうように説得するにしても余計なことに巻き込まれてバレーに集中できなくなるかもしれないのが一番厄介だった。俺はイラ立つ気持ちを振り切るように走って体育館へ向かった。

体育館ではすでにアップを終えた部員たちがサーブ練習を始めていた。先に監督へ挨拶済ませてから俺も及川たちのチームへ合流する。

「悪い。遅れた」
「あれ…？今日休むんじゃなかったの？なんか知らないけど朝お母ちゃん経由でそう聞いたんだけど」
「親が勝手にそう言ったんだよ。元々休む気なんてねぇし」
「何かあったの？」

その言葉にいちかとかいう奴の顔が浮かんくる。及川に今朝のことを話したところで冷やかされるだけで面倒臭くなるだけ。

「別に」
「なんか嫌悪くない岩ちゃん」
「なんもねぇよ」
「ま、不機嫌なのはいつものことか」「うるせぇな。…けど今日遅れた分、悪いけど付き合ってくれねぇか？」
「えー」
「どうせ暇だろ？」
「暇じゃないし。まぁ今日は時間あるけど」
「だったらいいじゃねぇか」
「でもさー。俺に付き合って欲しいならそんなこと言わないでよ。それはいいけどさ。俺に八つ当たりしないでね」
「悪かったな。ラーメン奢ってやるから付き合え」
「珍し！ほんとどうしたの岩ちゃん？」
「どうもしねぇよ。お前が彼女と別れた記念に奢ってやるっつってんだよ」
「待って。確かにフラれそうなフラグは立ってるけどまだフラれたわけじゃないからね」
「んじゃ前祝いってことで」
「やめてよ。縁起でもない」

俺の話を疑うこともなく聞き入れる及川。家に帰ったらあの女が待っているかもしれないと考えるだけで面倒臭くて悪いけど家に帰る時間を遅らせるためには利用させてもらう。

その時俺たちの前を通りがかった花巻も顔を覗かせて会話に入ってくる。