第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「おい、お前も聞いてんのか?」
「聞いてますよ。……でも想定内ですから」
「だったら諦めてくれねぇか?そっちの方がお前の為になると思うんだけど」
「私だってこうなるだろうなって思ってたんで始めは不安だったんです。諦めようと思ったんですけど、長年思い続けた人を簡単に諦めることも出来ないし。だからどうせなら会ってから決めようって」
「じゃあ実際会って俺の思いも分かっただろ?今からでも遅くねぇんだから大阪でも北海道でも帰った方がいいんじゃねぇか?」
「それが出来ないんです」
「なんで?」
「お母さんに言われました。一さんとの結婚が決まるまで家には帰ってくるなって。好きならそれくらい意気込んでいけと…」
「まぁ。さすがね」
「どんな親だよ、それ」
「売り言葉に買い言葉なんですかね、だったら上等だよ!つって私も啖呵切って出てきちゃいました」
にこにこと話がながら最後の苺を頬張る感じからはとても想像できない。
「短気なところは親譲りなんでしょうかね…」
「そうね、結構短気なところもあったわよね。喧嘩っぱやくて」
「でも私は喧嘩は嫌いですよ?平和主義者なので」
「お前もお前だけど、帰って来んなとかどんな親なんだよ…」
「どちらかというと可愛い子には谷底に突き落とせってタイプですかね」
「ヤバくね?」
「ヤバいですよね、ほんと。関西のノリなんでしょうね」
自分のことなのになんでそんな楽しそうに話してんだよ。意味分かんねぇし…。
「とにかくですね、一さんがなんと言おうと私の気持ちは変わりません。むしろ今日会って私の理想の人だなぁって思いました」
「俺の事よく知らねぇくせに」
「これから知っていくんです。それでいいじゃないですか」
「お前がこっちに来るとかそれはお前が決めたことだから俺はこれ以上どうこう言わねぇけど、婚約者とかな許嫁だとか…認めねぇから」
「分かりました。一さんの高校生活の邪魔はしないようにするので、頭の隅にでも私の事を入れておいてくれたら嬉しいです」
それだけ言うと“ご馳走様でした”と手を合わせる。