第72章 結婚するまで帰れません(１)　岩泉一

「つっても俺彼女とかいらねぇし…。そもそも女にはそんな興味ねぇし」
「それでいいです。彼女がいるって聞かされるよりずっとマシですから」
「そう言われても困るんだけど」
「私はずっと一君が好きでした。小さい頃から一君のお嫁さんになりなさいって母から言われ続けてきたので」
「会ったこともねぇんだぞ？おかしくねぇか？」
「でも写真はずっと持ってました」

そう言って手帳の取り出したのは一枚の写真で、多分俺が幼稚園とかその頃の写真。

「一さんを見て来て良かったなって思いました。安心してこっちに引っ越せます」

は、何？引っ越し？いや待て。この展開はヤバくないか！？

「おい、引っ越しってどういうことだ？」
「両親は北海道に転勤になってしまったので、今日から単身こっちに越して来たんです」
「そこは親と一緒に北海道行くだろ、普通…」
「そう思ったんですけど、どうせ環境が変わるなら思い切ってこっちに来てみたいなと思って。私も16歳になったしできる年齢だから」
「お前が結婚の事を納得してんのは分かったけど、俺は納得できない。許嫁だか婚約者なんだか知らねぇけどそんなのも初めて聞かされたし…」
「ああ、それは私といちかちゃんのお母さんが友達同士で将来結婚させようねーって話してたから」
「ノリが軽くねぇか？今時そんな親いるかっての」
「今思うと育児疲れの末の変なテンションだったのね。あの頃のあんたやんちゃ過ぎて毎日追いかけるのが大変で。物は壊すわ障子には穴開けるは保育所は脱走するわ。もう手を焼きまくりで」
「そりゃ悪かったな」
「婚約者って聞かされて驚いたとは思うけど、こんなに可愛いお嬢さんだしあんたには勿体ないくらいなんだからむしろ感謝して欲しいくらい」
「んなもんできるか」
「でもこの先の事は分からないじゃない。もしかしたら本当に好きになっちゃうかもしれないんだから」
「だから俺は今、色恋よりもバレーなんだっつってんだろ？」
「あら、それなら同時進行すれば？その方が部活にも身が入るんじゃない？年頃の高校生なんだしお母さんは羨ましいわ」
「そういう問題じゃねぇし」

一向に引こうとしない母親。婚約者とやらは呆れる俺をよそに黙々とケーキを食べている。