第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「いちかいちかちゃんでーす。将来私の娘になる子です」
「岩泉さん、改めまして初めまして。これ、母からです」
「あら気を遣わなくていいのに。悪いわね、いちかちゃん。でも私の想像よりもずっと可愛くてこんな娘が欲しかったの。素敵なお嬢さんね」
「ほんとですか?そう言ってもらえて嬉しいです」
「これからは一のこと、よろしくね。見ての通りぶっきらぼうで素っ気なくて可愛くない子だけど」
いや待て、こいつらも初見なんか!? とふって沸いた疑問すらバカらしくなる展開。母さんは嬉しそうに部屋に案内して、用意してあったケーキに普段は出さないような花柄のティーカップに注がれた紅茶。俺は完全に蚊帳の外で勝手すぎる二人にため息しか出ない。
「あのさ…、俺この状況よく分かんねぇんだけどひとつ言えんのは、俺に婚約者とかそんなもんはいらねぇから。期待させてこっち来たんならそれは謝るから」
そう言ってもいちかとやらはぽかーんとしている。むしろ俺がおかしな事言ってるみたいな顔して。
「いちかちゃん、ケーキどっちがいい?苺?チョコ?」
「じゃあ、苺でお願いします」
「一はチョコね。あ、いちかちゃんお母さんに連絡しとかなくていいの?こっちに着いたって」
「さっきメールを送ったので大丈夫だと思います」
「そう、ならいいわ。今日迷わずに来られた?」
「事前にくーくるマップで確認してたので大丈夫でした。でも関西よりまだ寒くて。あ、一さん、ケーキ食べましょ?」
「あんたも早く席に着きなさい。いちかちゃん待ってくれてるでしょ?」
「その前にとりあえず俺の話を…」
「一さん」
「な、なんだよ」
「写真で見るよりもずっと素敵な人で嬉しいです」
「良かったわね。こんな可愛い子にそんな事言われて。後でお父さんにも連絡しなきゃ…」
「一さんは初めて許嫁の存在を聞かされたから戸惑ってるのも分かります。それに初対面でいきなり恋におちるなんてことはないと思ってますから。少しずつ歩み寄ってまずは私の事を知って貰えたらと…」