第72章 結婚するまで帰れません(1) 岩泉一
「俺に婚約者も彼女もいらねぇっつったら?」
「却下。異論は認めません」
「認めろよ。それに今はバレーの事で頭いっぱいだしそもそも会うつもりもないから…」
及川じゃあるまいし、女の気持ちがどうとか分かんねぇんだから俺みたいなのが婚約者だと相手にも失礼だろ?
「言っとくけど無理なもんは無理だから。今は俺のやりたいこと優先させて貰うから。この一年にかかってんだよ。そのなんとかさんには悪いけど断っておいてくれねぇか?」
「やだ」
「いや、やだって」
「あんた、今ここでちゃんと会わないと…、お母さん泣くから」
「は?」
「今ここで親不孝なことしたらお母さんが死んだ後、化けて出てやるんだから」
「何、縁起の悪いこと言ってんだよ。そもそもそっちが勝手に決めたことだろ?」
「あんたが彼女の一人でも連れてきてくれてたらお母さんだってこんなに心配しなくて済むのよ」
「悪かったな、連れてくる前に別れてよ」
「だからいいんじゃない。折角あんたのこと気に入ってくれてるんだから」
「なんで向こうは俺のこと知ってんだよ」
「それは大人の事情があるの」
「なんの…っ?」
言い争いの途中、ピンポーンとインターフォンが鳴った。逃げようとする俺の首根っこを引っ張って母さんは嬉しそうに玄関に向かった。
扉を開けると背の低い中学生くらいにしか見えない女の子。岩泉家の玄関に年頃の女の子が立っているなんてそれは珍しい光景だった。
「いちかいちかです。不束者ですがよろしくお願いします」
お辞儀をした拍子に頭のベレー帽がぽてっと床に落ちる。甘ったるい香りと全体的にお花畑な感じでふわふわしてて全っ然俺のタイプじゃねぇし、なんつーかこう……見るからに面倒くさそうなタイプ。
これが俺の婚約者って?
いやいや、……これはねぇな。