第6章 ❤︎ 侑に振られた責任を治にとらせる話 宮治
「私の名前は?」
「いちか」
パイプ椅子を座ったまま引き摺ってぐっと前出る。治の頬に手を当てて、視線を外さず見つめ合ったまま感覚だけで動く。初めての感触は少しだけカサカサしてて後からミントの味が追ってくる。記憶を上書きするのは束の間。
「…正解」
少しだけ唇を離して上擦った声で呟いた。拒否されるかと思ってたのに唇に残るキスの感触は後からになってリアルさを運んできた。
「……なんで、避けないの?」
「いや、いきなりのことで…、戸惑った」
表情を崩して右手で唇を押さえて顔を真っ赤にさせる治。
「もしかして、はじめて?」
「……さっき彼女いたことないって言うたやろ?」
「ほんとだったんだ」
「嘘言うてどうすんねん」
「じゃあさ、これで私のこと考えてくれるきっかけになった?」
「いや、考えるっていうか、もう忘れられんっちゅうか…」
「ほんとに?」
「今も何が起こってるのかもよう分からへん」
「キスしたんだよ」
「…うん」
「“うん”って何その反応。まだほっぺちょっと赤いし、え、なに、可愛いんですけど…」
「やかましいわ。見んな」
「可愛い。やっぱり好きかも。いや好き」
「好き言うなって」
「ねぇ治、そのままでいて」
立ち上がって何も言わずに治の体を両腕で抱え込んだ。丁度胸辺りに熱を持った頬が触れて覚えのある髪の香りに記憶が重なって酸素と一緒に切なさまで胸に広がっていく。