第9章 春を待って
ー実弥sideー
行きつけの定食屋の夫婦は、俺が女を連れてきたからいつもより相当張り切っていて、俺の分だけではなく花耶の分の日替わり定食も山盛りで、張り切りすぎだろうと驚いた。
食べ切れるか心配した俺に反して、花耶は、うまそうにパクパク食っていて、
(伊黒の言う通り好きな女が旨そうに飯を食っているを見るのは良いもんだな)
と見惚れていると恥ずかしそうに顔を背けられてしまった。
定食屋から出て再び蕾が膨らんだ桜並木を歩く。
「桜、咲いたらきっと綺麗ですね。」
と呟いた花耶に、
「そうだなァ。」
と返事をしながら、咲いたら一緒に見に行くかァ。と言いかけて躊躇してしまう。
この前、怪我で意識を失った俺に、花耶が咄嗟に好きだと言ってくれた事を確認してしまったのに俺はその返事ができていない。
鬼になった母をこの手で殺した瞬間から、人間らしい人生などとうに諦めている。正直なところ、大切なものを失うのが怖い。家族も兄弟子もみんな…。
俺は、一体でも多くの鬼を殺すだけだ。
そんな事を一人考えていると、急に花耶が立ち止まり目をやると真っ青な顔で泣きそうになっている。
やっぱり、定食屋で無理したのかと聞くもそうでも無いらしい。
少し安堵して見守っていると突然花耶が、
「ごめんなさい。寂しいです…。」
と呟いて俺の羽織の袖を握った。
俺は、この前鬼の気配を察知して俺の羽織を握った花耶を離したくねぇ、守りてぇって強く思った事を思い出した。