第10章 Season 1 衝動
「私そんな顔してますか?」
「してるしてる!吐いちゃいなさいよ、楽になるから」
順さんは優しい表情で私を促すが、何をどう説明していいものか、そもそも順さんに言っていいものか悩んでしまいうまく言葉にできなかった。
「やっぱりやめときゃよかったって思ってる?」
「……わかりません」
「旦那さんとは?」
「一度だけ」
「あー……なるほどね。わかったわ」
順さんはひとり大きく頷いた。私は手に持っていたジュースを煽る。
「そっかぁ。うんうん」
順さんはそれが何なのかとの説明もなくひとりで納得していた。
「紘たちは?元気にしてる?」
「はい。割と」
「そう。薬は飲み始めた?」
「はい。もうすぐワンシート終わります。やっと身体が慣れてきました」
順さんが私と裕、紘の関係を気にしてくれるのはやっぱり言いだしっぺの責任もあるのかもしれない。
「あらもう10分たっちゃったわ。早いわねぇ。なら慧ちゃん今度呑みに行きましょうよ。もうちょっとゆっくり話したいわ。それじゃあね、引き止めてごめんなさい」
順さんはあっさり私を解放してくれた。私も慌ててカップの中身を飲み干した。
「ご馳走さまでした。お疲れ様でした」
そう言い残して私は事務所から出た。
翼ごめんと思いながらいつも翼が待ってくれている場所まで走ろうとしたその矢先、身体がふわっと浮くような錯覚に陥って私はその場にうずくまった。
「……なんだろ、貧血かなぁ」
走るのよくないかもと、ゆっくり立ち上がり、足元を確認してから歩き始めた。翼の姿を確認して歩み寄り、
「つばさっちごめん」
「んーん、平気。お疲れさま」
「ありがとう」
思わず私から翼の方に手を差し出すと、
「……!?」
翼は少し驚いたような顔をして手をとってくれた。実はそんなことをしてしまった自分自身に私が一番驚いている。無意識というのとはなんか違う。慌てて、
「ごめん、さっきちょっと立ち眩みがしたから、ちょっと怖くて」
と言い訳をした。
本当は私の思考の奥底が男に触りたい、触られたいとうずいているのだけど。
翼の手をギュッと力を込めて握り締める。翼は特に嫌がる様子もなく、
「そっか。気をつけてね?」
と微笑み返してくれた。
翼の手を握っている間、私はそれ以上の衝動にかられるのを無理矢理抑えつけた。