第9章 Season 1 苛立ち
悩みつつも中に入ると、順さんが話しかけてきた。
最近は仕事であう度に、よく近況を聞いてくる。
いろいろと気になるのだろうけど、やっぱりそういうことを人に話すのは少し気が引けて、いつもうまくしゃべれなくなってしまうけど。
私はやっぱりまだ、多分今の状況を順さんと同じ目線で見れていないのかもしれない。
「元気?最近どうしちゃってる?うまくいってる?」
「……いえ、まぁ、そんなに」
「そっかそっかぁ。でも、そのくらいのほうがいいのかもしれないわね。だけど結局こういうときって男のほうが弱いものなのよねぇ」
と意味深な言葉を返してきた。
今日は、よく意味のわからないことが多い。
私は別段頭のいいほうではないから、普段からよく理解できてない事は多いけど、今日はいつもに輪をかけてわからない。
更に今日は仕事が思うように終わらなくて、ちょっとばたばたして、予定していた時間よりも30分も遅くなってしまった。
慌てて店から出て、来たときに翼と別れた角に向かうと、角を曲がったところで、急に腕を引っ張られ、抱きしめられた。
「……っ……よかった」
「つばさっち?」
「よかった。慧さんが無事で……」
そういうと、しばらく翼は私の背中に腕を回したまま離してくれなかった。
ようやく開放すると、翼は、
「何かあったのかと思った。心配した。無事でよかった」
それだけ言って、私の手を握って、ゆっくり歩き始める。翼は一体どうしたんだろう。
急に彼の中の何かが変わった?無事って?疑問符ばかりが浮かんでは消えた。
いろんなものを抱えてる空気を出しながら、翼は質問を許さない、というような雰囲気だ。
だから、やっぱり私は何も聞けないのだった。
だから帰りもやっぱり、特に会話もなく静かに道を歩く。
繋がれた手で、翼がそこにいるのだと感じる事が出来た。
「つばさっち、ありがとうね。おかげで夜道が怖くなかったよ」
家に着くと、私は翼にそうお礼をつげた。
「うん。お仕事お疲れ様。じゃあ、僕は部屋に戻るね」
そう言って、翼はさっさと二階に上がっていってしまった。
仕事に行く前までは、馬鹿みたいになれなれしかったのに、今のこの距離感はなんだろう。
なんとも言えない思いが私の胸を締め付けた。