第5章 〔左馬刻side〕
アイツが、がいなくなった。
まさか逃げたのかとも思ったが、アイツに限ってそれはないと、俺は確信していた。
の逃げ道を塞いだのは、誰でもない俺だ。
アイツは覚えてないだろうが、俺はずっと前からアイツを知っていた。
雨の日だった。
あの頃は一番荒れていた時で、酒も入ってフラフラだったのもあってか、珍しくしくじった俺は、路地裏で倒れていた。
雨が傷に染みて、けど動く気にならなかった俺は、無理やり体を起こして壁に背を凭れ掛け、目を閉じて顔だけで空を仰いでいた。
「あの……だ、大丈夫、ですか?」
透き通るような、細くて遠慮気味な声がして、雨が止んだのかと思い、目を開く。
まだ雨が降っているのに、俺に雨が当たらないのは、目の前にいる女が傘を俺に差し出しているからだ。
その女は、左目に眼帯をしているのに、整った顔をしているのが分かる。
女を見て、初めて綺麗だと思った。
何処か諦めと怯えが見えながらも、芯の強そうな目をしている印象だった。
「ちょっと待ってて下さいね」
傘を俺に無理やり握らせ、は止める間もなく走り去る。
しばらくすると、持っていた袋が二つに増えていた。
「お前、濡れてんじゃねぇか……俺は今更傘なんていらねぇし、俺の事はほっといて早く帰れ。もう遅せぇし、この辺は治安悪ぃんだぞ。女が一人とか危ねぇだろうが……」
「危ないのは、あなたも一緒じゃないですか」
そう言っては俺の横に腰を下ろす。
「スカート、汚れんぞ……」
俺の言葉にニコリと笑って、袋を漁っている。
「ちょっと我慢して下さい」
「いっ、てっ……」
「痛いですよね……でも、我慢ですよ。男の子なんですから、ね?」
悪戯っ子みたいな顔をしたが可愛くて、手を伸ばしそうになるのを我慢する。
消毒液と絆創膏に包帯などをわざわざ買ってきたようで、どこまで律儀で世話好きなのだろうと思った。
「お前、お節介って言われねぇか?」
「あぁ、言われますね、確かに」
また困ったように笑う。これはこいつの癖なのだろうか。
手際よく手当てをし終え、当たり前みたいに改めて隣に座った。