第1章 チョコが欲しい
麻衣の言う通り、去年は自分たちは高校受験でそれどころじゃなかった。キメツ学園は中高一貫ということもあり外部からの受験はそれなりの難易度となる。そのため受験勉強を頑張っていた記憶はまだ新しい。指折り人数を数えていた麻衣は「えぇ?」と少し呆れたような声を出しズイッと顔を近づけると、人差し指を立ててチッチッチッと左右に揺らした。
「華も一緒に作るんだよ、なんで他人事みたいな顔してんの」
「え?だって私は別にあげる人いないし」
なんで?と物語る表情で首を傾げた華に麻衣は深く溜息をつくと乗り出していた体を椅子に戻す。
バレンタインだからといって必ずしも好きな人にだけあげなければならない、なんてルールは存在しない。
海外では男から女へチョコを送る日だとも言われている、そもそもイベントに乗じて普段は言えない気持ちが伝えられるラッキーデーみたいなものだと考えれば意中の相手がいなければイベントスルーしようとする華の姿勢もアリな話。
「友チョコもOKでしょぉ!ねぇねぇ、一緒に作ってよー!」
必死に食い下がる麻衣に華はふと調理実習を思い出した。そうだ、麻衣は料理が苦手だった。
華自身も別に得意というわけではないが問題無くこなせる程度には料理ができる。
「手伝って、ってことね。別にいいよ」
仕方ない、と折れた瞬間目の前の友人はパァッと表情が明るくなり待ってましたとばかりに雑誌を広げる。開かれたページには様々なチョコレシピが掲載されていて、あげる相手がいない華も少しワクワクしてしまう。クッキーやケーキの写真を眺めつつ、とあるレシピが目に入った。
「オランジュショコラ…美味しそう」
目に入ったのはチョコレートの隙間から覗く鮮やかなオレンジ色。レシピを見るとオレンジの輪切りにチョコレートをつけるようだ。
「確かに美味しそう!!華は柑橘系好きなんだっけ。それならこっちのケーキも好きそう」
そういって麻衣が指さした先にはオレンジがのったパウンドケーキの写真があった。確かにこちらも美味しそうで、華はお弁当を食べていたことも忘れて「お腹が減るね」と呟くと、視界の端からニュッと指が出てきた。