第1章 チョコが欲しい
「チョコが欲しい!」
その言葉を叫んだ人物に教室に居た人間の視線が注がれる。
金髪を振り乱し拳を握りしめる我妻善逸は周囲の視線に気付いていないのか、チョコがチョコが!と繰り返している。
「善逸、静かにしないか!」
「何言ってんだお前。自分で買えばいいだろーが」
善逸を止めるべく、どうどう…と落ち着くように両手を動かすのは竈門炭治郎だ。見た目で言えば優等生然としているが、校則違反のピアスがその耳には揺れている。その隣でパンを貪るように食べながら嘴平伊之助は女子と見間違うほど綺麗な顔で「バカか」と低く呟く。
「自分で買ってたら意味ないだろ!女子から貰うのがこのイベントの醍醐味なんだよ!」
バンバンと叩く机に広げられているのは1冊の雑誌。その表紙には大きくバレンタイン特集の見出しが印刷されている。善逸はバレンタイデーにチョコが欲しいと叫んでいるのはこの雑誌のせいだった。様々な雑誌でバレンタインの特集が組まれ、百貨店やショッピングモールでもバレンタインにちなんだ商品の販売が始まっている。
何かを期待する男子とチョコレートに思いを込める女子。甘い香りとともに浮足立つ2月14日、善逸はその日にチョコが欲しいというのだ。
「ねぇ、今年はどうする?」
その声にハッとした華は目の前に居る友人に視線を戻すと机に広げたお弁当箱が目に入り今は昼休憩だと思い出す。善逸の叫びに思わず視線を向けたまま止まってしまっていたのだ。華は綺麗に巻かれた出し巻き卵を頬張りながら友人に問い返す。
「どうするって何を?」
「バレンタイン!去年は受験でそれどころじゃなかったじゃん?今年は高校に入って初のバレンタインだよ、やっぱり手作りだよね?」
「麻衣はあげる人いるの?」
そう言って華はタコさんウィンナーをつつく。目の前の友人、麻衣は当然といわんばかりに頷いた。
え?と驚いた華だったが麻衣の発した一言に再びタコさんウィンナーに視線を戻した。
「部活の先輩でしょ、クラスの子でしょ…あ、もちろん華にもあげるよ」
「あぁ友チョコってやつね。貰えるの嬉しいよ、楽しみにしてるね」