第2章 好きな人とは
獪岳と呼ばれた黒髪の人物は善逸から財布を受け取ると華に会釈してからレジへと向かって行った。表情は不機嫌そうなままだったが、善逸の様子からするにあの態度は普段通りのようだと分かる。華がしばらく獪岳の背中を見つめていると名前を呼ばれて善逸に向き直った。
「あの人が稲玉先輩?」
「うん、そうだよ。無愛想でしょ」
ごめんね、と苦笑した善逸に何故かホッとした華は、大丈夫と微笑むと善逸もホッとした表情を浮かべた。
「…もしかしてバレンタイン用の買い出し?」
「そう。我妻君の分もきちんと作るから楽しみにしてて」
カゴの中にはレモンやオレンジ、チョコレートにグラニュー糖が入っているので一目瞭然だった。華の言葉に善逸は驚いた表情で「俺の分?」と呟いている。首を傾げた華は不思議そうに続けた。
「だって我妻君、オランジュショコラ食べてみたいって言ってたでしょ。それに私は作ったとしてもあげる人居なかったし…貰ってくれたら有難いんだけど」
もしかしてただ気分で言っていただけなのかと華は不安になる。何気ない一言で“誰もあげる人いないし私が作ってあげよう”なんて随分とおこがましい事だったかもしれないと思えば頬が紅潮してするのが分かった。勿論照れではなく羞恥だ。
「え…っと、その、いらなければいいの!自分で食べるし!」
驚いた表情のまま固まる善逸に、慌てて誤魔化すように早口で言い訳を捲し立てた。その瞬間、ベシッという音とともに善逸の頭がはたかれ「痛っ!」と声が上がった。
「どうせ今年も貰えねぇならくれるって言うやつから貰っとけよ。ボーッと立ってんなよ邪魔だ」
「ちょっ…!今年も、って言うなよ!!獪岳はいいよな、毎年貰ってんだから」
「あんたも早く帰れよ、もう暗いんだから。じゃあな」
ぶっきらぼうな言い方ではあるが、善逸を引きずって帰る中チラリと振り返って気を遣ってくれたところを見るとどうやら華が嫌いだからとかそういった態度ではないようだ。本当にクールな、もしくは不器用な人なのかもしれない。