第5章 ─ わすれじの ─
「時任さん。もしよろしければ、そちらのお嬢さんと踊らせていただけませんか?」
髪を後ろに流した体格のいい男性から、声を掛けられてしまった。
確か、東海林様と同じ輸出入に関する仕事に携わっている官僚の……金森さんだ。
彼とは先程挨拶をしたけれど、深くは話していない。
「申し訳ない。この子はこうした場に不慣れでして、ダンスのお上手な金森様の足でまといになってしまうかと」
「あぁなるほど……教養もなってない娘を引き取ると大変ですなぁ。社交ダンスも踊れないとはなると、貴族の中で浮いてしまうでしょう」
え……何この人?
旦那様が『中には紹介したくない来客もいる』って言ってたけど、もしかしてこの人のことだろうか……。
「いえ、はとても聡明な子ですよ。ただ、私が心配性なもので、もう少し場に慣れてから他の方と踊っていただきたいのです」
旦那様がさらりと庇ってくれるので、なおさら胸が痛い。
だけど、どんなに失礼な事を言われても耐えて下さいって、佐渡さんも言っていたし。
我慢、するしかないよね……。