第5章 ─ わすれじの ─
「社長。お次は松野様にご挨拶を」
「貿易商社の社長さんですよね!」
「。覚えてるのかい?」
旦那様と佐渡さんが目を丸くする。
「はい。佐渡さんから貰った名簿を見て、全部覚えました」
旦那様は覚えなくても大丈夫だよ。と言ってくれたけど一応……ね。
ほら、念に念をっていうし。
松野さんとの話が終わった後に、樋口さんがやって来て旦那様に耳打ちをする。
「東海林様がいらっしゃいました」
東海林様とは日本輸入を取り仕切っている政府の要人で、一番大事なお客様だ。
帝都紡績の維持拡大に尽力してもらう為に、要はご機嫌取りをしなくてはいけないらしい。
旦那様と広間の入口に向かい、東海林様を迎える。
「東海林様。ようこそおいで下さいました」
「弥一君。久しぶりだね。お父上の跡を継がれてからも立派にやっているみたいで安心したよ」
「身に余る光栄でございます」
東海林様はとても階級の高い人らしいが、旦那様は腰が低いものの全く動じる様子はない。
「実は最近、亡き知人から養女を迎えまして」
「でございます。よろしくお願いします」
緊張するけど表情に出ないように、笑顔で頭を下げる。