第5章 ─ わすれじの ─
「さぁ、行こうか」
旦那様に腕を握るように促され、手を添えて会場の中へと足を踏み入れた。
燕尾服という上着と黒い蝶ネクタイが印象的な洋服を纏っている旦那様は、全く違和感なくこの場に馴染んでいる。
人々の視線が瞬時に集まったのが分かった。
どうしよう。もうすでに心臓バクバクだ。
旦那様は前に出て挨拶をするので、私は少し離れたところでひたすら笑みを浮かべていた。
旦那様の挨拶が済むと、西洋式の食事が提供されて、フランス料理の数々がテーブルに並ぶ。
長いテーブルがズラリと並んでいて、私達はその中央付近の席に着いて食事を始めた。
近くには政府要人や取引先の重鎮が座っているので、気が引き締まる思いだ。
そんな中、旦那様は優雅に会話を弾ませている。
さすがだ……踏んだ場数が違いすぎる。
出された魚料理をナイフで上手く切れるか不安だったけど、どうにかなった。
うん!テーブルマナーはいいんじゃないでしょうか!
「上手だね。完璧だ」
コソッと旦那様に褒めらるし。
教えてくれた糸魚川さんを思い浮かべて、崇めるように感謝した。