第1章 ─ しのぶれど ─
「返さなくていいんだ。私が勝手に君を買ったのだから」
「で、でも……そこまでしていただく理由がありません……」
「君の父上には私が若い頃大変お世話になったんだよ。あの時君に声を掛けたのはきっと、総司さんに恩返しをしなさいってことだったんだ」
「っ、…………」
たくさん聞きたいことも、言いたいこともはある。
だけどその前に。
(お礼…ちゃんと、お礼言わないと)
思わぬ紳士の登場に緊張が限界突破して、言葉が出ない。
だって、素敵すぎる。
年相応の貫禄に鶯色の着物がとても似合っていて、茶色がかった白髪は肩まで伸びて後ろで軽く結っている。
若い頃はさぞかし女性を虜にしただろう甘い顔立ちに凪いだ眼差しが、私を捕えて離さない。
「君は何も心配しなくていいんだよ。今まで怖い思いをしたね」
低く艶のある声で囁いて、私の手を握る。
くらりと目眩がして、視界が霞んでゆく。
それはずっと、誰かに言って欲しかった言葉だった。
(ああ……泣いてしまいそう……)
こんなに優しくしてもらったのは、いつぶりだろう。
それに、素敵だし、恰好いいし、ドキドキする。
感情が目まぐるしく変化して心臓がうるさい。
上手く言葉が出ないせいで、お礼を言うだけで精一杯だった。