第1章 ─ しのぶれど ─
そう言って、人力車に押し乗った私の隣に座り、車夫に行き先を告げる。
「駄目ですよ!私なんか買ったら!今すぐ返しに行ってください!」
「身売りされそうになって、返品しろという子は君くらいだろうね」
荒ぶる私に時任さんは苦笑する。
だって一万だよ!?私が一生働いてでも返すことができない金額だよ!?
そんな大金を、ただの知り合いの娘というだけであっさり払っちゃうこの人って……
もしや、すごく怖い人だったり……。
「もしかして私……国外に売り飛ばされたりしますか?」
「私を何だと思ってるんだい?安心しなさい。君に危害を与えるつもりはないよ」
「でも……あまりにも、大金なので……私、とても返せません」
涙を浮かべて、ギュッと柿渋染の着物を掴む。
すると、自然な仕草でスっと手を重ねられた。
時任さんの手は少し乾いていたけれど温かくて、自分の指先がひどく冷えていたことに気が付いた。
樺茶色の優しい目が私を見つめる。