第1章 ─ しのぶれど ─
「君。少し待ちなさい」
上質な着物に身を包んだ。
四十代後半から五十代であろう紳士だった。
「なんだ貴様!」
叫んだのは私ではなく、男だ。
「もしや、今から吉原へ入るのかい?」
男のことなど目もくれず。
心から心配しているような切れ長の優しい眼差しで、男性は私に尋ねてくる。
「……はい」
「君、名前は?歳はいくつ?」
…………よほど子供に見られているのだろうか、まるで迷子になった幼子を見つけた時の対応だ。
いや、確かに年齢の割には幼い顔をしていると言われるけども、そこまで小さくはない。
「歳は十六で、名前はと申します…」
名前を告げると、紳士はなぜか驚いたように目を丸くする。
「?まさか、総司子爵のお嬢さんかい?」
どうやら父を知っているようだ。
それはまずい、せっかく人知れず隠れてここまで来たというのに、家は娘を遊廓に売るほど落ちぶれたと、世間に知れ渡ってしまう。