第2章 ─ こいすてふ ─
着物に身を包み、朝食を食べ終えると時任家専属の教育係だという人がお屋敷に訪れた。
名前は糸魚川隆彦(いといがわたかひこ)さん。
洋装を着こなした、物腰柔らかそうな初老の男性だ。
「お嬢様はそうですね………子爵のご令嬢なのである程度の礼儀作法は身に付いておられるでしょうが、今一度所作の確認と勉強──それから公爵と関係のある貴族から学んでいきましょう」
「はい。よろしくお願い致します」
勉強かぁ……懐かしいなぁ。
前の教育係の先生はとても厳しい人で指導を受けるの前に緊張してよくお腹を壊していたけど、糸魚川さんはどうなのだろう……
あまり怖い人でないといいけど………
お屋敷にある洋室で背筋をピンっと伸ばして机に座る私に、コホンとひとつ咳払いをした糸魚川さんが続ける。
「よいですかお嬢様。弥一様は数々の功績と政府の信頼によって今の社会的地位があり、高貴な方が集う社交の場に参加なさることが多々あります。いずれお嬢様をお連れするとも仰られておりました。その時の為に私めがお嬢様を立派な淑女として───」
「はい!この!時任家の名にかけて弥一様に恥をかかせぬよう立派な淑女になりますわ!」
糸魚川さんの言葉を遮って、声を高らかに宣言してしまう。
だって今、時任さんが社交の場で私を紹介してくれるって言ったもの!
それってつまり本当に私のことを家族の一人として見てくれてるってことだよね!?
私のことを恥ずかしいと思わずに、人に隠さず紹介できるって意味だよね!?