第1章 ─ しのぶれど ─
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──ほんの一刻ほど前のこと。
輸出入に関わっている政府人の接待を終えて、吉原から出ようとしたところ、ふと門の前にいた少女が気になった。
隣には女衒と思われる男がいて、明らかに今から遊郭に売られるのであろう少女はまだ少し幼さの残る愛らしい容姿をしている。
そのあどけない少女の顔に、どこかで見たような懐かしさがあった。
気付けば声を掛けていて、と名乗る少女に昔、お世話になった人物を思い出した。
ああ。この子はあの時の……
街で見かけて声を掛けた際、恩人の隣にいた娘さんだと、そこで初めて気がついた。
子爵はまだ私が若かりし頃、父の会社を継ぐべく翻弄していた時に商いの指南をくれた人だ。
事業資金に苦悶していると、快く融資してくれたこともある。
おかげ会社が上手く軌道に乗り、借りていた分の資金を上乗せして返そうとすれば。
融資した分だけでいいとあっさり言われ、それから段々と音沙汰が無くなり親交が途絶えてしまっていた。
そして今、まさにその子爵のご令嬢が遊郭に売られようとしている。
何があったのかは解らない……けれど、自分を救ってくれた恩人の娘をこのまま放っては置けなかった。
目の前のか弱き少女は誰がどうみても、守られるべき側の人間なのだ。