第1章 ─ しのぶれど ─
「」
名前を呼ばれて顔を上げると、時任さんが切ない顔をして優しく頭を撫でてくれた。
「辛かったね。今までずっと」
その言葉に我慢していた涙が滲む。
「よく一人で耐えてきたね。だから、もう頑張らなくていいんだよ。お金も返さなくていい、私に恩を返そうだなんて思わなくていいんだ」
「で、でも……」
「ここで一緒に暮らそう。寂しい中年の話し相手になってくれるかい?」
時任さんはそう言ってくれたけど、こんな素敵な人にこれ以上迷惑をかけたくない。
「……なら、すぐに仕事を探しますからそれまで」
置いてください。と続けようとしたら、トンと軽くおでこを小突かれた。
「それは駄目だ。きちんと教養を身につけて、お嫁に行くまでここにいなさい」
そっと額に触れられた手のひらが温かくて、心地がいい。
つい、甘えたくなってしまう。
「……ホントに?迷惑、じゃないですか?」
「迷惑じゃないよ。君がいると明るい気持ちになる」
「もう返品できませんよ……」
「返せと言われても、返してあげないよ」
時任さんの香りは、煙管の匂いだろうか。
少し苦くて甘い。
落ち着くような、落ち着つかないような。
大人の匂いがする。
「今日から君はうちの子だ」