第1章 ─ しのぶれど ─
「時任さんはおじさんじゃないですよ?」
「え"?いや、立派な四十五のおじさんだよ……」
いいえ!時任さんみたいな人はおじさんではなく、素敵なおじ様もしくはダンディーな殿方といいます!
内心身悶えてるのを押し殺して平然を装う。
「四十五……ということは、私と二十九しか変わりませんね」
「そこは…しか、ではなく、も、でしょ」
「いけますね!」
「何が?」
ニコニコとする私に、時任さんが困ったようにため息をつく。
あら?困らせてしまったかしら……私は二十九の差なんてどうってことないのだけど。
それなら話題を変えようと、私から口を開いた。
「あの、ご飯いただいきましょうか」
「先に食べてなかったのかい?」
「はい。時任さんと一緒が良かったので!」
いただきます。と家にいた頃のように背筋を伸ばして、手を合わせる。
そして箸を手にした。
「…………美味しい」
ほんのり出汁のきいたお味噌汁は、優しい味だった。
食事をゆっくり食べたのは久しぶりだ。
家に借金取りが頻繁に訪れるようになってからは、何を食べても味がせず、すぐに自室に逃げ込んでいた。
「そう。それは良かった。私くらいの歳になると、薄味の方が口に合ってね。物足りなくはないかい?」
「いいえ。私の歳にも合いますよ」
そう言ってもう一度口に含む。
他のお料理もどれも美味しくて、夢中で食べ終わると、時任さんの器も空になっていた。
私のことを静かに見つめている。
「あの……」
「ああ。やはり家のご令嬢だと思ってね。所作が綺麗だ。大事に育てられた証だよ」
「え!いえ、そんな……」
そんなとこを見られていたのかと、急に恥ずかしくなりたじろいだ。
しかも褒めてくれて……顔が赤くなるのを隠すように俯いた。