第1章 ─ しのぶれど ─
なるほどと納得していると、ヤチヨさんがお茶を注ぎながら私に聞いた。
「ところで、様は旦那様とどういうご関係なのですか?」
「あ……えーっと……」
なんと返事をしていいか困る。
まさか私が没落華族の令嬢で、今しがた遊郭に売られそうになっていたところを時任さんに買ってもらったなんて、勝手に言ってもいいのだろうか。
口をごもらせていると、座敷の襖が開いた。
「その子は私の知人の娘さんなんだ。色々あってしばらくここで預かろうと思ってね。ヤチヨ、この子の身の回りのお世話を頼むと皆にも伝えておいてくれるかい」
「かしこまりました。では、私はこれで失礼しますね」
ヤチヨさんはそれ以上深入りはせず、座敷から下がっていった。
「ヤチヨと何を話していたの?」
「時任さんのこと色々お聞きしてました!まさか帝都紡績の社長さんだなんて知らずに失礼なことばかりしちゃって、本当すみません……」
お膳の前でぺこりと頭を下げると、真向かいに座った時任さんが眉を少し下げた。
「えー恥ずかしいなぁ。そんなに偉いわけじゃないからあまり畏まらないでよ。おじさん緊張しちゃうから」
砕けた口調と照れたようにはにかむ顔に、キュンと胸に矢が刺さった。
か、か、可愛いぃぃぃ……なにその笑顔反則でしょ。