第1章 ─ しのぶれど ─
「あの……それ、もしかして私のですか」
「はい。そうですよ」
「私、運びます。というか運ばせてください!」
「え?いえいえ!お客様にそんなことをさせるわけにはいきません!」
「こちらこそ!奥様にそんなことをさせるわけには!」
「え?」
「え?」
お膳を取り合っていると、女性が目を丸くした。
あれ?なんか私、変なこと言った……?
無言で見つめ合っていると、突然プッと女性が吹き出して、笑いを堪えるように口元に着物の袖を当てている。
「ふふ…面白いお嬢様ですね。わたくしはこの家の女中をしております。ヤチヨと申します」
「あ……お手伝い、さん……」
はい。と笑顔を返すヤチヨさんに顔が赤くなる。
そうか……その線があったか、早とちりしてしまった。
「し、失礼しました。それで、あの……時任様の奥様はどちらに?」
それとなく、探りを入れてみる。
いや別に期待しているわけでも、狙っているわけでもなく。
「旦那様に奥様はいらっしゃいませんよ。昔から仕事一筋な方ですから、わたくしとしたらもう少し女性に関心を持っていただけたら……」
「ありがとうございます」
「へ?」
嘘。期待もしていたし、狙ってもいる。
ヤチヨさんが話している途中だけれど、私は最敬礼の角度で頭を提げた。
だって、そんなの嬉しすぎる。
奥様がいたら諦めるしかないけれど、いないとなると、もしかしたら………もしかするかもしれない。
「ヤチヨさん。私、と申します!色々と時任さんのことを教えていただきたいので、あちらで少しお話しませんか!?」
「は……はぁ」
若干引き気味のヤチヨさんからお膳を奪うと、早く行きましょう!急かす形でお座敷まで案内をしてもらった。