第1章 ─ しのぶれど ─
とりあえず玄関の土間を歩いていると、炊事場が見えてきた。
かまどの火は消えていて、美味しそうなお味噌汁の匂いが漂ってくる。
「あら?」
背後で女性の声がして振り向くと、四十代くらいのふくよかな女性が私を見つめてパチパチと瞬きをしている。
…………時任さんの奥様だろうか……いや、まぁ、そう……だよね。
あんな素敵な人が、結婚してないわけないか……。
愛想の良さそうなどこか品のある女性に、小さく肩を落とした。
「旦那様のお客様ですね。お座敷までご案内しますので、どうぞこちらに」
「ありがとうございます。突然お邪魔してすみません」
「いえいえ。こんなに可愛いらしいお嬢様だと思わなかったので、驚いてしまいました」
ふふふ。と優しい笑みを浮かべる女性に胸が痛い。
すみません……私、あなたの旦那様をよこしまな目で見てしまいました……。
心の中で謝ると、女性が手に持っていたお膳が目についた。