第1章 ─ しのぶれど ─
手を取って、地面に足を付けると、目の前には立派な二階建ての日本家屋が建っていた。
瓦の切妻屋根の屋根の向こうには、大きな松の木が見える。
(私の住んでいた屋敷の二つ分くらいあるんだけど……)
呆然としてると、車夫に料金を支払った時任さんから後を着いて来るよう促された。
門を潜ると、和風建築のお屋敷の二階に簀子の縁側が見える。
あそこでお月見しながらお団子食べたいなぁ……なんて、呑気なことを思っていたらグゥーっとお腹の虫が鳴ってしまった。
「あ"……すみません。今日なにも食べてなくて……」
吉原へ行く為に昨日の夜に屋敷を出たからね。
それにしても、遊郭へ売られそうになってるわ、車で眠りコケるわ、お腹は鳴るわで、時任さんに情けないところしか見せていない。
穴があったら入りたいとは、このことだ。
絶対呆れられてる。追い返されるかも。とドギマギしながら時任さんの顔色を窺うと。
「それはいけない。すぐに食事の用意をするよ」
と言って、玄関の戸を開けると誰かに向かって声を掛けていた。
話し終わった時任さんが、こちらに振り向く。
「すまない。急用の電話が掛かっているみたいで、屋敷の中へ入って待っていてくれるかい?食事は用意したから先に食べてるといい」
「は、はい……解りました」
時任さんは見ず知らずの私を家の中へ上げると、スタスタと廊下を進みどこかへ姿を消してしまった。