第7章 ─ きみがため ─
今すぐ駆け出したい気持ちを抑えて、自室を出ると日本園庭が一望できる廊下の先に、紋付き袴姿の旦那様が見えた。
あぁ……もう、素敵……素敵すぎて、このまま倒れちゃいそう……。
これほどまでに完璧な人が、私の夫だなんて信じられない。
本当に私……旦那様のお嫁さんになるんだ…。
鼓動が早まりどうにもならない、打掛が下に着かないように持って彼に近づく。
「。とても綺麗だよ」
旦那様が手を差し伸べて、私に声を掛ける。
〝〟いつも呼ばれている名前なのに、なんだか今日は特別なもの聞こえて……。
それに『綺麗だよ』って言って貰えて、感激でまた瞳が潤む。
「旦那様も素敵です……こんな私ですが、末永くよろしくお願いします」
「こちらこそ。さぁ、行こうか」
大好きな大きな手に手を重ねると、旦那様は優しく笑ってくれた。
ねぇ…お父様、お母様 どこかで見てますか?
私、とっても素敵な人と幸せになります。
だから、もう大丈夫だよ。
旦那様に会ったあの日から、私の人生は暗闇から抜け出したように色付き始めた。
初めて褒めてくれた着物、赤い風車、椿の風鈴、頭を撫でてくれる優しい手、穏やかに相槌を打つ声、腕に手を回した時の心地よい体温、そして、私に向ける柔らかな微笑み。
旦那様がくれたもの全てが、私の空っぽだった心をたくさんの愛で満たしてくれた。
たくさんありすぎて、もう返せるか分からないけど、私も旦那様を幸せにしたい。
旦那様と手を握り、お屋敷の広間に向かってゆっくり足を進めながら、そんなことをひとり考えていた……。