第3章 空虚の心を満たすもの(七海 R-18)
※呪詛師になった世界線のナナミンの夢です
呪いから無縁になりたい。男はその思いで金だけを求め、一般企業で働いた。しかし、そこも俗に言う「ブラック企業」という類のもので、やはり男には耐え難いものがあった。それでも、我慢はした。
元々、男は我慢強い方に分類される人間である。金さえ貯まれば、どれだけ仕事の内容が糞でも、職場環境が劣悪でもどうでも良い。そう自分に言い聞かせて、男はずっと耐え続けた。それはまるで、膨らみきった風船を、尚も無理矢理膨らませ続ける事にも似た行為だった。だから、男の忍耐の風船は、遂に破裂してしまったのだ。
衝動のままに鉈を振り下ろした時のあの感覚。胸の中に澱のように溜まった毒が、まるで全て吐き出されていくようだった。
ああ、生きている。そんな実感が、男の胸の裡を満たしていく。目の前のゴミが消えれば消える程、振り上げた腕を振り下ろせば下ろす程に、その実感が強まっていった。男がふぅっと息を吐いた頃には、周囲は安寧の静寂に包まれていた。
確かに呪いに関わりたくはなかった。金さえあれば、呪いとも他人とも無縁でいられると思っていた。だが、その金を得るためには、どちらかに関わり続けなければならない、という事実にも気が付いてしまった。だったら、自分はより自分に馴染んだ地獄を選ぼう。それが七海建人という男が、呪詛師に成り果てた経緯であった。
何もかも煩わしくて、全てを壊してしまいたくなって。そうして壊した結果、男は男を取り巻く全てから開放されたが、同時に男は七海建人として積み上げた全てを失った。最早どうでもいいが、それでも人として何か大事なものを失くしてしまった、という自覚だけはある。今の自分は空っぽだ。ただ、皮肉なことに金だけはあった。あれだけ真面目に会社に努めていたのが馬鹿馬鹿しくなってしまう。
そんな自由と引き換えに虚無となった男が、自分の運命に出会ったのはある日のことだった。