第1章 愛玩動物 (両面宿儺 R-15)
次に意識を取り戻したのは、ぴちゃんという水音が原因だった。先程の淫靡なものではなく、静謐さを湛えた水音だ。虎杖が重たい瞼を開けば、眼前にはいつか見た牛の骨の山と、そこに玉座のように座り込みふんぞり返る自分と同じ姿をした“男”が見える。“男”は邪悪としか形容が出来ない笑みで虎杖を見下していた。
「あれは貴様が悪いのだぞ、小僧」
そう言いながらもくつくつと喉を上下させて“男”は愉快そうに笑う。ぎりっと奥歯が嫌な音を立てた。
「ああ?何言ってやがんだ?勝手に人の体で好き勝手しやがって。どう考えても悪いのはてめえの方だろうが」
血が滲むほどに拳を握りしめ、腹の底から響くようなドスの利いた声で虎杖は返す。しかし、いくら凄んでも目の前の“男”には暖簾に腕押しに等しかった。ひとしきり笑った後、途端に興味の失せた表情をしてしっしっと手の甲を向けてくる始末だ。思わず「クソ野郎が」という言葉が口を突いて出た。
「少しは口を慎めよ、小僧。これでも最後の一線だけは越えてやっておらんのだ」
「そういう問題じゃねえだろ…!」
“男”の悪びれない態度に腸が煮えくり返りそうになる。そう感じた時には虎杖は水面を蹴り、目の前にふんぞり返る邪悪の権化に殴りかかっていた。が、対する“男”はうざったらしそうに深い溜息を吐く。それから彼に向けて指を軽く動かすと、それと共に少年の意識はまた暗闇に落ちていくのだった。