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呪術夢短編集

第5章 初詣(七海)


 着付けを開始して30分。大凡その時間で七海の着付けは完了した。居間に戻ってみれば、小夜子の姿は見えない。まだ終わっていないのであろう。確かに女性の着物の着付け、それも1人では着付けることが出来ない振り袖では、男の自分とで掛かる違いは段違いなもの頷ける。そんな事を考えている間にも、自分を着付けた着付け師が「本当にお似合いですね」などと褒めそやしてきた。

「これを選んだ人のお陰ですよ」

 そう返した七海の格好は、利休鼠と呼ばれる緑がかった灰色の着物に、青漆のように深く渋い羽織であった。差し色らしき藍色の地に白い献上柄の角帯と、内に着た黒い長襦袢や足袋が全体の雰囲気を一層締めている。正統派で伝統的な男の着物姿といった出で立ちだ。だが、それが日本人離れした七海の容姿に不思議とよく合っていた。
 選びに行った時は着物の事なぞよく分からず、小夜子に任せきりにしてしまったが、こうして見ると却って変に口出しをしなくて良かったと思う。彼女のセンスはいつだって信頼できる。おそらく、後はこの上から黒いケープと濃紺のマフラーを着ければ完成といったところだろう。いつの間にかコート掛けに用意されているのが見える。ケープの側に掛けられた黒い羽毛の襟巻きは小夜子の為のものだろう。それにしても、こうやって髪の毛を下ろして外に出かけるのは随分と久しぶりだ。高専の時以来だろうか。取り留めもなくそんな事を考えながら、顔に掛かる前髪を少し弄る。

「わあ、やっぱり!建人さん凄く素敵だわ!!」

 不意に七海の耳朶を、喜色に満ちた声が震わせた。声の方を向けば、完璧なヘアメイクを施された小夜子の姿がある。輝くような瞳でうっとりと七海を見つめる彼女だが、七海もまたその姿に一瞬言葉を失った。
 総レースの薄紫の振袖と同じくレースの白い袋帯は、七海の正統派な装いとは違いかなりモダンで、華やかなだ。また、それがよく似合っている。七海はそんな彼女の装いを見てぼそりと「美しすぎる」と零してしまった。瞬間、近くにいた着付け師がどことなく朗らかな微笑み浮かべる。はたと己の口元抑えるが、どうやらその呟きは当の彼女にも聞こえていたらしい。頬を赤らめ、照れたように俯いている。
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