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呪術夢短編集

第4章 Where does this ocean go?(七海)


 七海健人は、恋人を連れ立って残暑の海へと訪れた。夕暮れ時の海は、空と同じ藍と橙の入り混じった不思議な色をしている。砂浜へと続く駐車場に車を停めると、助手席の扉を開け、彼の恋人は駆けて行った。七海はその後姿を苦笑しながらも見守り、自身もまた車から降り立つ。
 九月の夕暮れの砂浜には誰もいなかった。当たり前と言えば当たり前のような気がする。いくら暑いとは言っても、もうシーズンも過ぎてしまい、海水浴もできないのだ。そんな海には、自然と人の足も遠のいていく。今此処に存在しているのは、藍と橙の海と白い砂浜、そして自分達だけであった。まるで、世界に自分達二人だけしか存在していないような気さえしてくる。砂浜に白く砕け散る波の音が、余計にその感覚を強めた。


 砂浜を走り行った彼の恋人は、今は静かに海を眺めている。普段は明るく輝く瞳も、この時ばかりは憂いを帯びているような、何処か昏いものをその胸に抱えているような、そんな色を湛えていた。見慣れた愛おしい横顔の輪郭が、今にも誰彼の空に溶けていってしまいそうだ。

「小夜子さん」

 思わず恋人の名を呼ぶ。彼女は七海の呼びかけに、はたと我に返ると振り向いて微笑んだ。清楚な白いワンピースの裾が、それに伴ってふわりと翻る。

「建人さん、こっち、こっちよ!早く来て!」

 そう言うと、小夜子はサンダルを脱ぎ捨てて走り出した。白い素足が砂浜へと沈み込み、波打ち際へと続く足跡を作っていく。七海は彼女の行動に、思わず慌てて駆け寄った。途中、脱ぎ捨てられたサンダルを拾うのを忘れないのは、この男の性分故だろうか。後生大事にそれを抱え、少女のように笑いながら波打ち際を走る恋人を追いかける。

「小夜子さん、待ってください」
「ふふ、建人さんが私に追いついてちょうだい」

 七海の呼びかけに、無邪気に笑いながら答えて、小夜子は尚も波打ち際を駆けて行く。そんな彼女が眩しく見えて、七海は少しだけ目を細めた。先程の憂い顔は気の所為か。そう思いながら、彼女に追いつく為に歩いていく。
 小夜子は時折立ち止まっては、こちらを振り返り、ある程度近付くのを待っては駆け出していく、という行動を繰り返していた。ただそれも、日が水平線の向こうへと沈み掛ける頃には終わっているのだが。
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