第40章 欲しかったのはそっちじゃない✳︎無一郎君
視線を左右に揺らしうろたえる私に
「…そうそう、そういう反応…期待してたんだよね」
時透様は僅かに色気を孕んだ笑みを向けてきた。
その笑顔に
ドキッ
と、胸が高鳴ってしまう。
「と…時透様…あの…やっぱり…流石にこの距離感は…いささかおかしいのではないかと…」
口ごもりながらそう言った私に
「何度も言わせないでよ。今の僕は”時透様”じゃなくてすずね先輩のひと学年下の”時透無一郎”。冊子、理事長先生にもらったんでしょ?さっさとあの頃の年下の僕のイメージは捨ててくれない」
時透様…もとい時透君は現在の私たちの関係性を強調するようにそう言った。それから壁についていた左手で私の顎を掴みただでさえ近かった互いの距離を更に詰めると
「あんな風に僕のことを置いて死んだ落とし前、今世でちゃんと着けてもらうからね?」
にっこりと、背筋がゾクリとしてしまいそうな笑みを浮かべながらそんなことを言ってきた。
その表情に
…あれ…ちょっと待って…これ…なんか…まずい気がする
普段あまり波風立たない私の心が荒波のごとく暴れ始める。
徐々に近づいてくる時透君の顔に
……キス…される…!!!
そう思った私は、ぎゅっと目を瞑った。けれども
ふにっ
と柔らかな唇が当てられたのは唇ではなく
「…へ?」
私の鼻の頭で
「………???」
スッと離れて行った時透君の顔を瞬きを繰り返しながら見ることしか出来なかった。そんな私の様子に
「…少しは僕のこと意識した?すぐに奪ってやりたいところだけど、徐々に攻めて行った方が鈍感なすずねには効果がありそうだからね。ここにするのは…もう少し先ね」
時透君は私の下唇を指で軽く摘まみながらニヒルな笑みを浮かべた。
「……っ!!!」
「ははっ。いい顔。ほら、いい加減行かないと、冨岡先生にどやされるよ?」
左手をパッ取られ、腕を引っ張り立ち上がらされた。
立ち上がると、時透君の背は私よりも10センチ程大きくて、それが改めて、今世と前世では、2人の関係性が異なることを指し示しているように思えた。
「ほら行くよ?」
やけに気にかけてくる後輩と思っていた時透君は
「……はい」
どうやらただの後輩ではなったらしい。