第40章 欲しかったのはそっちじゃない✳︎無一郎君
今日は時透様が戻ってくる日だ
時透様から遠方での特別任務がある為しばらく帰らないと言われたのが1週間前のこと。
その間自分の食事は最低限でいいし、時透様がいなければ洗濯物も最小限だったのでとても楽をさせてもらった(その代わり普段手の届かない場所までしっかりと掃除をさせてもらったので決しておさぼりさんじゃない)。
そんな状況では当然碌な食材が残っておらず、時透様に栄養たっぷりな食事を作ってあげられない。
時計を見ると時刻は2時を示しており、時透様が鴉で知らせてくれた帰宅予定時間まであと3時間あまり。
…そろそろ買い物に出ないと
棚に置いてある買い物袋を手に取り
「行ってきます」
大事な持ち場である台所にそう告げた私は、勝手口から外に出ると施錠を確認し、街へと買い物に出た。
「毎度あり~」
物凄くいい大根を手に入れることに成功した私は、心躍らせながら馴染みの八百屋を後にした。
時透様の為にとあれもこれもと買ってしまった為、買い物袋は満杯で、”お嬢ちゃん…そんなに持てるんかい?”と八百屋のおじさんに心配されてしまったほど。それにもかかわらず、私の足取りはとても軽かった。
買い物袋の中を覗き込み
焼き魚
里芋の煮っころがし
お味噌汁
キノコの炊き込みご飯
それからもちろんふろふき大根
何から手を付けようかと思案していると
”そんなにたくさん作って僕を太らせたいの?”
なんて呆れた顔で言ってくる時透様のお顔が自然と頭に浮かんで来た。
「…ふふふっ」
買い物袋に大量の食材を詰めた女が一人頬を緩めながら街を歩いている様はなかなかに怪しく見えたと思われたが、そんなことはどうでもいいと思ってしまえる程に私は機嫌がよかった。
その時
「馬が逃げたぞぉぉぉぉ!!!」
背後からそんな叫び声が聞こえ、私は慌てて振り返る。
ドッドッドッドッ
地面と馬の蹄がぶつかり合う音と共に舞い上がる砂埃が、その馬がものすごい重量を有ていることを示しているようだった。