第40章 欲しかったのはそっちじゃない✳︎無一郎君
「……そうですか。それはよかったです」
時透様が私にそうしてくれたように、私も時透様に向けにっこりとほほ笑みかけた。
「…なんかちょっと反応薄くない?もっと一緒に喜んでくれると思ってたんだけど…」
時透様は私の反応がお気に召さなかったようで、女の子のように大きな目を僅かに細めながら私のそれをジッと見てきた。
私はそんな時透様にゆっくりと近づいていき
「それは誤解です。感情の起伏が人よりも控えめなだけで、私はこう見えてとっても喜んでいます」
時透様の目の前でぴたりと立ち止まる。それから私とそう変わらない高さに位置する翡翠色の瞳をジッと見つめ
「おかえりなさいませ時透様」
丁寧に、噛みしめるよう、いつもの”おかえりなさいませ”よりもずっと思いを込めその言葉を口にした。
記憶障害が治る以前の時透様であれば、その言葉に込めた私の思いに気が付くことも、そもそも”おかえり”という言葉がどんな意味を有しているかすら理解していなかっただろう。
でも
「……ただいま」
目の前にある時透様の穏やかな声と表情が、そのどちらもくみ取ってくれていることを物語っていた。
それからの霞柱邸での生活はとても楽しいもだった。もちろん時透様の記憶障害が治る以前から仕事の手を抜いたことも、やりがいを感じなかったことも1度たりともない。記憶障害を持ち、なかなか人が定着しないともっぱら噂のあった時透様つきの隠として上手くやれていたことは私の誇りだ。
でも
”ただいま”
”おかえりなさいませ時透様”
”今日のご飯はなに?”
”今日はいい鮭を手に入れたので鮭大根ですよ”
”同じ大根なら僕の好きなふろふき大根にしてよ”
”ふろふき大根はこの間も食べましたでしょう?時透様はまだ育ちざかりなのですからお魚をたくさん食べなくてはなりませんよ?”
”…なにその子ども扱い。腹立つんだけど”
”お強い柱とはいえ時透様は私から見ればまだまだ育ち盛りです。なので邸にいるときくらいは肩の力を抜いて下さい”
そんな風に相互のやり取りが出来るようになった今、その日々が霞んで見えてしまいそうになるほどの充実感を持って日々の仕事をこなせるようになった。