第8章 炎の音に包まれて【音好きシリーズ】※裏表現有
炎柱様は私の唇を奪ったことなどまるでなかったかのように、普通に話しかけてきて、当たり前のように私を誘うのだ。
あれって…気のせいだったっけ?
と、思うほどに。
それでも炎柱様がいつも別れ際に見せる甘くて優しい笑みが、いつも私にあの日のことを思い出させる。
密かに思う相手からの誘いだ。相応しくない、だめだと思いながらも結局は共に時間を過ごしたい欲求に抗えずにいた。気づくと任務を終えて、炎柱様が現れるのを待っている自分がいた。
「良かったじゃねぇか。煉獄はお前に気がある。お前も煉獄に気がある。さっさとくっついちまえば良いものの、お前は何をぐずぐず悩んでんだ」
「…っ待ってください。私、天元さんに炎柱様のことが好きって言いましたっけ…?」
「お前俺を誰だと思ってやがる。祭りの神、宇髄様だ!」
「…理由になってません」
「言っとくが、時間に余裕はない。3日以内に俺が出した条件を達成出来なければ、俺はお前を置いて行く」
3日以内に条件を達成する。それは即ち、3日以内に"炎柱様に抱かれろ"と言うことだ。
私はすぐそこにある雛鶴さん、マキオさん、そして須磨さんと4人でお茶菓子を食べ、笑い合った部屋の方へと顔を向けた。あの楽しい時間がもう来なくなることなんて考えられない。いつかは私もあんな風に、と思っていた愛し合う4人の幸せな時間が奪われてしまうなんて耐えられない。
「…必ず、達成します」
その為ならなんだってしよう。
私は天元さんと別れて即、長屋に戻り、文をしたため、鴉を炎柱様の元へと飛ばしたのだった。
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その出来事から2日後の今日。初めて自ら炎柱様を誘った私は、ドキドキする気持ちを抑えながら身支度をしていた。食事に行く場所はもう、決めている。
数少ないよそ行きの用の服に袖を通し、髪型も化粧もいつもとは違くした。飾り気のない私の精一杯のお洒落だ。
私は今日…これから…。
いつぞや須磨さんから押し付けられるように渡された、所謂"精力剤"を巾着に忍ばせる。一生使うことはないと思っていたのに、まさかこんなふうに使うことになるとは。ふと目に入った鏡に映る自分は、鬼殺隊士"柏木すずね"の顔ではなく、しっかりと女の顔をしているような気がして、まだ炎柱様に会う前だと言うのに恥ずかしくて堪らなかった。
