第38章 呼び方なんてどうでも…よくない!*冨岡さん
玄関からリビングへと続く短い廊下を歩いてくる音が近づくにつれ、私のイライラも膨れていった。
ガチャっとリビングのドアが開き
「今帰った」
義勇はいつも通りの抑揚のない声でそう言った。
…何が…”今帰った”…だし
いつもの通り、いつもの帰宅の挨拶をされただけなのに、それが物凄く腹立たしくてたまらない。それでも
「…おかえり」
何も言わないのは自分が悪者になったような気がしてしまい、不機嫌度100パーセントの声色でお帰りを告げた。
義勇はカバンを持ったままコンロの前に立っている私のところまで来ると
「急な会議が入って遅くなった」
自分が何故遅く帰って来ることになったのか
「スマホの充電がなくなってしまい返事が送れなかった」
まだ何も聞いていないというのに説明し始めた。
私とて同じ社会人だ。急な会議が入ってしまうことも、たまたま前日にスマホを充電することを忘れ、たまたま電話が続き、たまたまメッセージの返事を送る前に充電がなくなってしまうことだってあるかもしれない。
それでも、どうしても、この胸の内側からぐつぐつと湧き上がってくるイライラを抑えることが出来ず
「…そ。ご飯。出来てるから手、洗ってきて」
自分でも驚くほど冷たい言い方をしてしまう。
「……」
義勇はそんな私の言葉に何も言わなかった。けれどもその代わり、ジーっと私のことをその紺青の瞳で見ている。ジーっと何か言いたげに、けれども何も言わず見ている。
その視線が更に私をイラつかせた。
絶対私から声なんて掛けてやらないんだから
そう思いながら無視を決め込んでいたその時
「…お前は…この間から何をそんなに怒っている」
義勇が相も変わらず抑揚のない声でそう言った。その言葉に、私のイライラメーターは限界値を突き抜け
「…っ私の名前は…”お前”じゃない!!!!」
気が付いた時にはお玉片手に義勇を怒鳴りつけていた。