第38章 呼び方なんてどうでも…よくない!*冨岡さん
…こんな時くらい、顔を見て”おかえり”って言ってくれてもいいじゃない
心の中でそんな文句を述べながらも
「お夕飯、ちゃんと食べた?」
「あぁ」
「そ。何食べたの?」
「お前が前に作っておいてくれた炊き込みご飯だ」
「…ふぅん」
はい不満2ぃ!
……お前…かぁ…
長年一緒にいるせいか、義勇は私の名前をあまり呼んでくれない。
一方私は
ねぇ義勇
あのさぁ義勇
それでね義勇
煩いほどに義勇の名前を呼んでいる自覚がある。好きな人の名前は何度だって呼びたいし呼ばれたい。義勇に”お前”と呼ばれることは、最初の方は”義勇の私”という特別な響きな気がしてどちらかと言えば嬉しかった。でも今はちっとも嬉しくない。けれども流石に
”寂しいからもっと名前を呼んで”
と、言えるほどのかわいらしさはとうの昔にどこかに置いて来た。だから寂しいと思う気持ちをぐっと心にしまい込もうとしたが
”やっぱりすずねさん、彼氏に愛されてないんですねぇ”
時代遅れのぶりっ子女…もとい、田中さんに言われた言葉が脳裏を過ぎり、どうにもしまい込むことが出来そうになかった。
私はゆっくりと義勇が座っているソファーに近づいていき、義勇に甘えるように身を寄せながら隣に座る。
「…あのさぁ義勇」
「なんだ」
そして勇気を振り絞り
「……私のこと…好き?」
そう尋ねた。
その問いに対して返ってきたのは
「……何故そんなことを聞く」
抑揚のない返事だった。
「………別に…ただ…聞いてみたくなっただけ…」
「…そうか」
「…っ…手、洗ってくる」
それ以上何も言えず、急いでソファーから立ち上がり、洗面所の方に早歩きで向かった。
ジョボジョボと無駄に水を出しっぱなしにしながら手を洗っている間も
”何故そんなことを聞く”
義勇の冷めた言葉と
”愛されてないんじゃないですか”
田中さんの言葉がぐるぐると私の頭の中を周り続ける。
義勇の抑揚のない喋り方も、私がするのに比べてスキンシップが少ないところも別にいつもの事。付き合い始めた当初の頃を思い出しても、今とたいして差異があるわけではない。そもそも私は義勇のそういう落ち着いたところが好きだった筈だ。