第37章 大きな背中を抱きしめさせて【暖和】
もう何も言う気すら起きずされるがままに嗅がれていると
「…すずねの匂いは何故こんなにも俺の心を落ち着かせてくれるのだろかう。不思議でたまらない」
私の首元から杏寿郎さんがようやく顔を上げてくれた。
「…落ち着く?…汗臭くは……ありませんか?」
もぞもぞと身じろぎし、再び杏寿郎さんの顔が見えるように振り返ると
「臭い?そんなわけがないだろう」
杏寿郎さんはさも意味が分からないと言わんばかりの顔をしながらそう言った。杏寿郎さんは最後にもう一度私の首元をスンと嗅ぐと
「甘くて…蒸かし立ての饅頭のようないい匂いがする」
とても穏やかな表情を浮かべながらそう言った。
…蒸かし立ての…饅頭…?それは…落ち着く匂いなの?
いまいち褒められている感じはしなかったのだが、普段気を抜く機会がそうない杏寿郎さんが私の”蒸かし立ての饅頭”のような匂い(本当にいい匂いなの?)で落ち着くのであればまあいいかと深く考えるのをやめた。
それにしても、私は当初、杏寿郎さんを後ろから抱きしめていたはずなのに、それはまぁ見事に杏寿郎さんの手によってグルンと宙に浮かされ場所を入れ替えられてしまい、今はすっかり抱きしめられる立場に変わってしまった。
…まだ…抱きしめ足りないんだけどな…
こうして後ろから包まれるように抱きかかえられる事はとても好きだ。杏寿郎さんにこうされる度に、私の心は安らぎと杏寿郎さんへの好きで満たされ、この上ない幸福感を味わうことが出来る。だから私も、杏寿郎さんに同じ事をして同じように感じてもらいたい。
けれども杏寿郎さんと私の体格差の関係上、私は杏寿郎さんに抱きしめてもらう機会が圧倒的に多く、抱きしめてあげられることはあまりない。
今日のこの状況は絶好の機会だった。
立ち上がれば杏寿郎さんに比べて圧倒的に背が低くなってしまう私だが、胡坐をかいた杏寿郎さんであれば、私が膝立ちになればいい感じの高さになる。こうして杏寿郎さんが非番でのんびり出来る機会も滅多にない。となれば
「杏寿郎さん…腕、離してもらっても良いですか?」
抱きしめられる立場に甘んじている場合ではない。