第37章 大きな背中を抱きしめさせて【暖和】
縁側へと続く部屋からこっそり庭の方を覗き見ると、炎柱の証である羽織を身に纏った大きな背中が視界に飛び込んできた。
…あれ?非番なのに羽織を着てる。何か用事でもあったのかな?
杏寿郎さんは非番の日は着流し姿でいることが多い。けれども今日は、羽織も隊服も両方身に纏っているようだ。
珍しいこともあるな
と、思いながらゆっくりかつ慎重に杏寿郎さんとの距離を詰めていく。杏寿郎さんまで残り半分という辺りまで来たところで
…ん…?今…肩が揺れたような…?
そんな気がしたのだが、杏寿郎さんはこちらを振り返らない。
…大丈夫…みたい。よし…あと少し…
残りはあと1メートル弱。
…よし!行くぞっ!
踏まないようにふわりと広がっている杏寿郎さんの羽織を右手でサッとよけ、そのままの勢いで膝立ちになり
「ただいま戻りました!」
後ろから杏寿郎さんの首に両腕を回しぎゅっと抱きついた。更に露わになっている杏寿郎さんの額に自分の右頬を寄せ、顔までピタリと杏寿郎さんに寄せる。
そんな私の腕を
「お帰りすずね!」
杏寿郎さんが引き寄せるように優しく掴んできた。
杏寿郎さんのその行動に
「あ、杏寿郎さん…さては気が付いていましたね?」
頬をむぎゅッと押し付けるようにしながらそう言うと
「わはは!ばれてしまったか!」
杏寿郎さんはそれはもう楽し気に笑っていた。一方いたずらに失敗してしまった私は
「せっかく驚かせようと思ったんですけど…見事に失敗ですね」
楽しげにしている杏寿郎さんの様子に嬉しさを感じながらも、なんとも複雑な気持ちになっていた。それにだ。
「…きちんと気配を抑えたつもりだったんですけど…出来ていなかったですか?」
ばれないように気配を殺し、少しの音も立てていなかったつもりだが、こちらに背を向けていた杏寿郎さんにしっかりと気が付かれてしまっていた。これは、鬼と戦う隊士として、そして杏寿郎さんの継子を務める身としては由々しき問題である。
…こんなふざけたことをしている場合じゃない。どこがダメだったのか杏寿郎さんにきちんと聞かないと!
そう思った私は、杏寿郎さんの首に回していた腕の力を緩め、くっつけていた身体も離そうとした。