第35章 年下幼馴染は私より何枚も上手✳︎無一郎君
午後の始業の鐘がなり、落ち着かない心を懸命に鎮めながら私は仕事へと戻った。
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翌日。
「何で有一郎がいるの?」
実家に帰りつき、”見慣れない靴があるな。お父さん…趣味変わった?”なんてことを考えながら洗面所で手を洗い、リビングのドアを開けて私の視界に飛び込んできたのがソファーに我が物顔で腰かけている有一郎だった。
「俺だって別に来たくなんてなかったし。ま、おばさんの淹れたコーヒーを飲めるのは嬉しいけどね」
有一郎はそう言いながら、私のお母さんが淹れたと思われるコーヒーを片手に優雅に近所のパン屋さんのおいしいクッキーを食べていた。
「あいつがさ。すずねがちゃんと対局を見るか見張っとけって」
「…無一郎?」
「当たり前じゃん。他に誰かいると思う?」
「はいはいいませんよ」
相変わらず厳しいなぁ
なんてことを考えながら私は有一郎の隣に腰かけた。すると
「はい。これすずねの分」
「わぁい!」
タイミングを見計らったように私の前に、私の大好きなミルクと砂糖たっぷりのコーヒーが置かれた。ふぅふぅと表面を冷ますように息を吹きかけ一口飲むと
「…はぁぁぁぁ。やっぱりお母さんの淹れてくれたコーヒーは美味しい…」
甘くて香ばしい香りになんだか気持ちがほっと落ち着いた。
「…言っとくけど、すずねのそれはコーヒーなんて呼べないからね。砂糖も牛乳も多すぎ」
「えぇ…だって砂糖とミルク少ないと苦いじゃん」
「…だったら飲まなきゃいいじゃん」
有一郎は、さも意味が分からないという顔をしながら私とは全然違う色、砂糖もミルクも入っていないブラックコーヒーに再び口を付ける。それから壁に掛けてある時計にちらりと視線を寄こし、テーブルの上にあるリモコンへと手を伸ばした。もともとチャンネルが合わせてあったのか
”さぁ。今日はいよいよ最終戦……”
「…あ…」
テレビが付くと、和服に身を包み、女の私でも羨ましくなってしまうようなきれいな髪を左サイドでまとめている無一郎の姿が映し出された。