第35章 年下幼馴染は私より何枚も上手✳︎無一郎君
それからというものの、あれだけうちに頻繁に来ていた無一郎がパタリと来なくなった。しかもただ来なくなっただけじゃない。”しばらく連絡しない”という宣言通り、メッセージすら寄こしてこない。こんなことは、あの公園での出来事以降初めてのことだった。
「ただいまぁ…」
仕事から帰り玄関を開けるとすぐ目に入った無一郎の靴も、リビングに行くと聞こえてきた気持ちのこもっていない”おかえり”も、もうしばらく聞いていない。
ドサッ
通勤バックを適当に放り、無一郎がいつも我が物顔で座っていた私の座椅子に視線をやる。そこは当然からっぽで、きれいな瞳を伏せ、本を読んでいる無一郎はいない。
「…寂しいんですけど…」
そんな言葉が、ただただ虚しく部屋に響いた。
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金曜日。お昼休みに社食で食後のコーヒーを一人のんびりと飲んでいると
ブブッ
テーブルに置いていたスマートフォンが振動した。おもむろに手に取り、画面を確認すると
「…っ!」
”明日決勝戦だから。ちゃんと観ててよね”
と、無一郎からのメッセージが来ていた。
順調に勝ち進んでいることは、母から逐一連絡が来ていたので知っていた。けれども対局の結果や内容に関しては意図的に調べないようにしており(というか調べてもわからないし)、母から送られてくるメッセージが唯一の頼りだった。
何で今回に限っていちいちメッセージ送ってくんの!?
母から送られてくるメッセージに、最初はそんなことを思っていた。けれども2回目、そして3回目には、そのメッセージが来るのを自然と待っている自分がいた。そしてその
”むい君勝ったわよ”
という文字を目にするたびに、自分の無一郎に対する”好き”の気持ちを自覚させられていく、という事態に陥っていた。
…対局…観るの怖いな…
そう思いはしたものの、あんな約束をしてしまった手前、決勝戦を観ないわけにはいかない。
よし。どうせお母さんも観るだろうし、たまには実家に帰ろう。
そんな結論に至った私は、お母さんに
”明日、そっち行くね”
とメッセージを送った後、スマートフォンをポケットに突っ込んだ。