第35章 年下幼馴染は私より何枚も上手✳︎無一郎君
「…っち…近いんだけど!お皿っ…洗いにくいから…離れてっ!」
我ながら
"なんで下手くそな言い訳なんだ"
と思いながら、学生でありながらプロ棋士なんかになってしまっている無一郎や有一郎と違って頭の良くない私には、そんな下手くそな言い訳しか浮かんでこなかった。
「別に、手が動かしにくい体制でもないでしょ?」
「そ…そうなんだけど…圧迫感…そう圧迫感が凄いの!」
「ふぅん」
気のない返事をした無一郎は、離れるどころか更に私に近づき、互いの服はもう触れ合ってしまっている。
「…ちょ…なんで余計にくっついてくるの!離れてって言ってるじゃん!?」
「そう?ほら、水出しっぱなしじゃもったいないよ?早く洗いなよ」
「っわかってるよそんなの!」
ジャージャーと流れ続ける水を私だってもったいないと思っている。それでも、背後にいる無一郎が気になりすぎて手が動かないのだ。
昔は私の腰あたりまでしか身長がなかったのに、18歳になろうとしている無一郎は私より頭一つ分ほど大きい。そんな様も、私が無一郎のことを"幼馴染"ではなく、"ひとりの男性"として意識させるには十分な要素だった。
「嬉しいな。前は何をしても顔色ひとつ変えてくれなかったのに」
慌てふためく私の後ろで、無一郎はクスクスと笑いながら私の左耳にゆっくりと口を寄せると
「僕のこと、少しは意識してくれるようになった?」
「…っ!」
6歳も年下とは思えない色気を放ちながらそう言った。動揺した私の手からつるりとコーヒーカップが落ちてしまうも
「…っと。危ない。僕とすずねのお揃いのマグカップ。わらないように気をつけてよね?」
シンクに当たる前に、無一郎の手がそれを見事にキャッチした。
無一郎はそのままコップについた泡を流し、私の手からスポンジを奪うと他の洗い物もさっさと済ませてしまう。
全て洗い終わり、スッと蛇口の取っ手を上に上げる。それから身体を斜めに倒し、私の顔を下から覗き込んできた。
「あれ?随分顔が赤くない?熱でもあるんじゃない?」
ニコニコと人のいい笑みを浮かべそう尋ねてくる無一郎を私はキッと睨みつける。