第34章 手紙とハンドクリームが起こした奇跡✳︎宇髄さん
そんな私の状態を知ってか知らずか、天元さんは私の左耳に口を寄せ
「…帰んなよ」
「…!?!?!?!?!?」
「俺、もっとお前…すずねっつったよな?すずねと話してえんだけど…”二人きり”で…」
私の大好きな甘く透き通るような声色でそう言った。そんな素敵な声に思わず”はい”と言いかけるも
…っいやいやいやいや!無いから!
すぐに冷静さを取り戻し
「無理です。帰ります」
天元さんの目をじっと見ながらそう言った。
「はぁ!?何でだよ!今の流れ”…私も”って答えるところだろ!?」
天元さんは先ほどの艶やかな雰囲気から一変し、子どもが駄々をこねるような様子でそう言いながら詰め寄ってくる。
「…近い!近い!もう心臓が爆発しそうなので離れてください!」
「嫌だね!……お前が帰らねぇって言うまで俺はここをどかねぇよ?」
「…っ…その声で囁いてくるのは…ずるいです!ルール違反です!」
「ずるかねぇ」
私の右側に突かれていた腕がなくなり、逃げ出すチャンスだと動こうとするも、きれいな指に顎を捕まえられ
「…!?!?!?!?!?!?」
さらに動きを封じられてしまった。
「…な?お前、俺のこと好きなんだろ?」
「…っ…好き…ですけど…」
”ワンナイトでもいいから”
一瞬あの時の女の子の言葉が頭を過る。
憧れの人に抱いてもらえるなんて、相手にとってはただの戯れだとしても、一生に一度の思い出になるのだから…と、確かに私も思った。
それでも
「…無理です。私は…大好きだから…天元さんの歌が大好きだからこそ…欲望に身を任せて、今後純粋にあなたの歌を聴けなくなる様な事をしたくはありません」
じっと天元さんの目を見つめ、はっきりとした口調でその思いを告げた。
その時
「”ファンを食い物にするのはご法度”…その決まりをお忘れでしょうか?」
「忘れてねぇよ」
優し気な口調でありながら、禍々しい怒りのオーラを放つ胡蝶さんの姿が視界の端に移った。