第34章 手紙とハンドクリームが起こした奇跡✳︎宇髄さん
「…帰ろうかな」
備え付けられているハンドペーパーで手を拭き、ポケットに入れていたスマートフォンで時間を確認すると、もうすでにいい時間だ。こんな体験はもうきっと二度と出来ない。この場から去るのが惜しいような気もした。それでも、どう頑張って考えても、私という人間はこの場には分不相応だ。
10周年記念アルバムが無事リリースされ、それを目にするたびに、聴くたびに、今日という夢のような時間を思い出せると自分に言い聞かせ、スマートフォンをポケットに戻し、最後にもう一度鏡を見ながら自分の身なりを整える。ドアノブに手をかけ
ギィッ
と扉を開けたその先にいたのは
「…っ!」
腕を組みながら壁にもたれかかり
~~~♪
鼻歌を口ずさんでいる天元さんだった。あまりの驚きでドアを中途半端に開いたまま固まってしまう。
「遅かったな。あんなんで酔っちまうたぁおこちゃまだな」
天元さんはそんな私に向けいたずらっ子のようなかわいらしい笑みを向けてくる。
…こんな顔もするんだ…あぁ神様…もう思い残すことはありません
持ったままだったドアノブから手を放し
「…外で飲むのは久々だったんです。それに…こんな状況で、お酒にも…場の雰囲気にも酔うなっていう方が難しいです…」
視線を床へと下げながらそう答えた。
…だめだ…これ以上天元さんと話してると帰りたくなくなっちゃう…
「…っもうすぐ終電なので帰りますね!ライブも今も…今日は夢みたいな時間をありがとうございました!さっきは全然言えませんでしたけど…私、☆HASHIRA☆の音楽が…天元さんの歌声が世界一好きです!これからもすっと応援してます!」
早口でまくし立てるようにそう言い、ぺこりと深く頭を下げ、そのままの勢いで天元さんの横を通り抜けようとした。けれども
パシッ
大きな手に手首を掴まれ
「…へ?」
気が付くと目の前に天元さんの胸板、背後には壁状態だった。
…待って…この状況…これって…”壁ドン”状態じゃ…!?!?
自分の置かれている状況が全く理解できず、天元さんのたくましい両腕で囲い込まれるようにされながら意味もなく小刻みに首を左右に動かした。そんな私の様子は”挙動不審”という言葉がぴったりに違いない。