第7章 その音を守るよ-後編-【音好きシリーズ】
音を立てないようにそっと扉を開けると、フワッと香ってきたのはツンとくる消毒液のような匂いと、血の匂いだった。その香りに一瞬顔が歪む。けれども
スースー
確かに耳に届く定期的な寝息に酷く心が安心した。
中に入り、開けていた扉をそっと閉める。薬で眠っていると言っていたからそんな必要もないのだけれど、静かに、決して音を立てないように炎柱様が眠るベッドに近づいた。
「…包帯…だらけ…」
痛々しいその姿に、目の奥から何かが迫り上がってくるような気がした。
胡蝶様が診察の際に使うのか、これからたくさん来るであろう見舞客のために用意されたのかは分かりかねるが、ベットのそばに置いてあった折り畳みの椅子を広げ、キシッとほんの少し音を立てそこに腰掛ける。無意識に上下する炎柱様の胸辺りに手を置こうとして…慌ててその手を止めた。
恋人でもない、弟子でもない、ただの部下の私が、不用意に触れて良い人じゃない。
気づくとギュッと下唇を噛み締めていた。
私は本当に炎柱様の役に立てたのだろうか。
結局は何度も庇われ、助けられてはいなかっただろうか。
そう思えば思うほど、迫り上がってくる何かはどんどん勢いを増していく。
「…っごめん…なさい…」
そう一言告げ、私は逃げるように自分の病室へと戻った。
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「柏木さん。煉獄さんが部屋に来るように言っているのですが、今日も行かないつもりですか?」
最後の問診を終えた胡蝶様が、そう言いながら探るように私の目を、大きな可愛らしい目でジッと見ている。
「行きません。行ってもどうせお説教されるだけですし…私のお説教で炎柱様の血圧が上がってしまったら大変ですよね?」
なんて言うのは言い訳だ。
「あらあら。私は確かに伝えましたよ?後でどうなっても知りませんからね?」
カルテに何か書きながら念を押すようにそう言う胡蝶様に、
「炎柱様、まだしばらく動けませんよね?任務で忙しいと言えばそう簡単に呼び出すことも出来ないでしょう?だから大丈夫です」
ニコリと微笑みそう言う私に
「貴方も困った人ですねぇ」
と胡蝶様は言葉の通り困ったような笑みを浮かべていた。
「お世話になりました」
「まだ無理はされないようにお願いしますね」
椅子から立ち上がり、頭を深く下げ、私はお世話になった蝶屋敷後にした。