第32章 迷子の迷子の鬼狩り様✳︎煉獄さん
コソコソと生きていくためにお金が必要だった。父と母が汗水たらし稼いだお金を、あんな人たちに取られたくなかった。お金が、財産が惜しかったわけじゃない。ただ、父と母の突然の死を喜ぶようなあの人たちに、本当なら小銭の1枚だって渡したくなかった。
けれども、ひょんなことから今日1日…時間にしてみれば6時間程度だが、誰かと…煉獄様と共に過ごし、自分がいかにこの暮らしに寂しさを感じているかに気が付かされてしまった。
誰かの為に布団を敷き
誰かの為にお茶を淹れ
誰かの為にご飯を茶碗に盛り
誰かの為に野菜を収穫し
誰かと一緒に
町で人の作ったご飯を食べる
「…寂しい…」
ここへ越してきてからそう口にしたのは初めてだった。
ここを離れて…何処に行こうかな
そんな途方もないことを考えていると
「ならば俺の屋敷に来るといい」
静まり返った家に、煉獄さんの凛とした声が響く。
「…今…なんて…?」
私の思考の斜め上を行く提案に驚き、煉獄様の顔を見ながらそう聞き返すと
「俺の屋敷に来るといい!いやむしろ来てほしい!」
煉獄様はまっすぐと私を見据え、僅かに微笑みながらそう言った。その思わぬ提案に、私の心が嬉しいと喜び踊っている。
「…いいん…ですか…?」
「もちろん!実のところ俺は信じがたいほどに家事ができない!交代で隠が食事の準備や屋敷の掃除に来てくれるが人がちょこちょこ変わるのは落ち着かない!」
「…そうなると、私がいても落ち着けないのでは?」
「最初はそうかもしれないが時期慣れる!何より俺は君の漬けた漬物をまた食べたい!君も俺の屋敷にいれば二度と親戚の恐怖におびえる必要もない!互いにいいとこ取りだ!」
「…っ思い出せたんですか!?」
「うむ。君を抱いて町を飛び回っていた時にな」
「…それはよかったです」
ここで煉獄様と過ごす時間がもう終わってしまうことが、まったく寂しくないといえば噓になる。たったの数時間ではあったが、共に過ごした数時間は、一人寂しくここで暮らしていた時間を凌駕してしまうほど鮮烈なものだった。